朝井リョウさんの本は好きでよく読んでいます。
どの作品も平成の若者のリアルがうまく描写されています。
今回は2019年4月に出版された「ままならないから私とあなた」を紹介します。
あらすじは巻末の概要を引用します。
天才少女と呼ばれ、成長に従い無駄なことを切り捨てていく薫と、無駄なものにこそ人の温かみが宿ると考える雪子。すれ違う友情と人生の行方を描く。
薫はバリバリの理系のような考え方、ロジックや数字やデジタルが全て。
雪子は対照的に文系のような考え方、感覚や感情やアナログを重視する。
乱暴に言うとこんな感じです。
例えば、薫は算数が好き。答えが一つではっきりしていて気持ちいい。国語は答えがぼんやりしていて嫌い。習っていたピアノについても、ピシッとした答えがなくてうまく弾ける日もそうじゃない日もあるし、うまくなっているのかもわからないから嫌い、といいます。
これに対して雪子は、ピアノのそう言うところこそ面白いと思っていて、弾く人によってメロディーの聞こえ方が変わったりするところを気に入っているのです。
薫と雪子はお互い親友ですが、雪子は薫の価値観に段々と違和感を持ち始めます。
ある日、薫が学校を休んだので雪子はプリントを家まで持ってあげることになりました。
薫の家に着くと、薫がタブレット教材で勉強していることを知りました。
薫は、これさえあれば学校に行く必要はない、体育の持久走なんかもやらなくていいと主張します。
終いには、これさえあればこんなプリントを作らなくてもいいし、わざわざこんな風に持ってきてもらわなくて良くなる、持ってくるの面倒くさくない?と雪子に言い放ちます。
雪子はその言葉に賛同できませんでした。
雪子は学校でプリントをもらった時、森下先生の手が震えていたこと、その原因は若い頃のアイスホッケーでの怪我だったこと、同級生の渡辺君がそれに反応し実はホッケーが好きだったこと、渡辺君と一緒に薫の家に行くことになったこと、道中で渡辺君からカナダのホッケーチームについて教えてもらったこと。
薫の家に行くまでのそれらについて、タブレット教材だったら決して知り得なかったからです。
薫は結果を重視し、雪子は過程を重視しました。
お互いそれぞれの人生を歩んでいき、物語の終盤に大人になった雪子はついに薫へ思いをぶつけます。
「人と人との関係だけは効率とかじゃないんだよ、それだけは絶対に合理化できないし、何も省けない」
「できないこととか、わからないこととか、コントロールできないこととか……そういうものが自分の中にあること、そんなに怖がらなくていいんだよ」
「誰でもできるようになったら、皆同じになっちゃうから。ままならないことがあるから皆別々の人間でいられるんだもん」
私はこの本を読みながら、薫と雪子のどちらの意見にも一理あるなと楽しく考えていました。
データや客観的な物事から考察して、本質を捉える薫の考え方は共感できます。結果を重視するのも個人的には好きです、仕事でも役に立ちます。
一方で雪子の考え方も、共感できます。効率的な考え方では決して説明できないこと、さまざまな偶然が重なって線を結んでいること、多様性にこそ価値があること。
AIが発達し様々なことがコンピューターによってできる世の中ですが、文化や芸術、人と人との関係などデータ重視の世界でこそ大切なことを、薫と雪子を通して考えさせられる小説でした。
おすすめです。