ようおまいりでした。

旅の記録や日々感じたことを自由気ままに夫婦で綴っていきます

【書評】#17 ある男 (著:平野啓一郎)

前から読もうと思っていた小説。
亡くなった愛する夫は全く別人だったことが発覚。
妻から依頼を受けた担当弁護士が誠実に関係者らに調査をしていき、夫は一体何者だったのかを突き止め、事件解決に導くというお話。


詳しい裏表紙の内容紹介はこちら。
「弁護士の城戸はかつての依頼者・里枝から奇妙な相談を受ける。彼女は離婚を経験後、子供を連れ故郷に戻り「大祐」と再婚。幸せな家庭を築いていたが、ある日突然夫が事故で命を落とす。悲しみに暮れるなか、「大祐」が全くの別人だという衝撃が・・・。愛にとって過去とは何か?」

※ここから先
はネタバレが含まれますのでご注意ください。

■あらすじ■
夫の本名は原誠という名で、父親が死刑囚という出自を持っていました。
父親が死刑囚という出自のせいで周りから差別的な目で見られたり、自分もいつかは殺人を犯すのではないのかという遺伝要因に恐れをなしながら生活していました。
そしてついには戸籍交換というビジネスを見つけ、「谷口大祐」という老舗旅館の末っ子という戸籍と交換していたのでした。
つまり、夫は過去を完全に隠した上で戸籍上も全くの別人になりすまし、地方に隠れていたのです。
そこで当時離婚した直後だった妻と出会って再婚し過去から完全に離別した上で家庭を築き平和に暮らしていたのです。
全ての事実が書かれた報告書を受け取った妻・里枝は夫の出自をかわいそうだと思った上で「一体、愛に過去は必要なのだろうか」と自問しました。その上で、「大祐」と名乗る自分の夫は本物ではなかったが、夫を愛したことは事実で確かに幸福だったのだと昇華したのです。

■個人的に好きだったシーン■
この小説には社会的なテーマやストーリーとしての面白さがありましたが、私が一番好きだったシーンはラスト。
ラストで書かれている妻と前夫とに生まれた中学生の長男「悠人」の成長の描写です。

悠人は里枝の気づかないうちにたくさんの本を読む読書家になっていました。
悠人は幼い弟をなくし、親の離婚で前の父親と離れ、母親の故郷に移り住み、親の再婚により後の父親と暮らし始めたものの、ほんの三年で死に別れたという壮絶な人生を送っています。
そんな境遇のせいか、文学に関する感じ方や表現の巧みさが俳句全国コンクールで
 最優秀賞を取るほどの才能となっていました。
里枝はこのことを瓦礫からいつの間にか芽吹いていた花のように、美しいと感じる一方で、
彼が面白いと思う本の内容や彼が受賞した俳句の内容について、
 ・自身の境遇との共感を示したストーリであったこと
 ・亡き夫(後の夫)と里枝と、家族の思い出をベースにされたもの
であることがわかりました。
つまり、里枝は、文学が悠人にとって「救い」になっているのだということを始めて理解したのです。

「それは、彼女が決して思いつくことも、助言してやることも出来なかった、彼が自分で見つけ出した人生の困難の克服の方法だった。」と書かれています。
壮絶な人生を送りながら、文学を救いにしてグレずに立派に成長した悠人の成長に感動しました。

そして物語終盤、里枝は全てが書かれた報告書を、子どもではなく一人の立派な人間として尊重した上で悠人にも渡すことを決意するのです。報告書を読んだ悠人の反応も実に立派でした。

■終わりに■
平野啓一郎さんの小説は重苦しい現実問題に焦点が当てられたものが多く、読むのにエネルギーがいるのですが、あるテーマをもとにした人間の葛藤を描くのが上手い作家さんです。今回はストーリーとしても楽しめ、最後は一筋の光が差す結末になっていてよかったです。
以上、【書評】#17 ある男 (著:平野啓一郎)でした。